カテゴリ:☆ 大分県( 22 )

大分・日田逍遙

今回まで。



LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.


「G1 ダブルズームキット、最後の1個ですよ。生産中止になったから、もう入荷しませんよ。
 その場で本体だけを高価で下取りしますよ。」
の誘惑に負け、14-45mm, 45-200mm レンズが手元に。

う~ん、我慢して 7-14mm のために貯金しておくべきだったか?
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by ascesis | 2010-02-03 20:05 | ☆ 大分県

大分・日田逍遙

造り酒屋



LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.


20mm 一本で不便は感じないが、せっかくレンズ交換ができるのだから、別のレンズも試したい。
使ってみたいのは 7-14mm。 しかし、あまりに高価である。
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by ascesis | 2010-02-01 23:24 | ☆ 大分県

大分・日田逍遙

豆田町界隈



LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.


ふ~っ、なんとか、1ヶ月続けました。
ちょっと、ペースを落とします。
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by ascesis | 2010-01-31 23:30 | ☆ 大分県

大分・日田逍遙

豆田町の店舗軒先の様子。



LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.


「一般的需要」は極めて小さいだろう、と思われる商品が多い。
季節はずれということもあるのだろうが、どの店も客の入りはまばらだ。
ビジネス・アカウントを知りたくなる。
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by ascesis | 2010-01-30 15:08 | ☆ 大分県

ふらふらと迷い込んだ寺。
帰宅後、地図で確認した。たぶん、「長福寺」だと思う。

仏像を見つけると、つい撮影してしまうが、どこで撮っても似たようなものになる。
20mm 一本のブラインド撮影だから、バリエーションが少ない。

右手は、「別作り」になっていて、はめこんであったのだろう。
ということは、左手も、頭部も同じ疑いがあるなぁ。
石像を彫るのはたいへんな作業かと(勝手に)思っていたが、ちと興ざめである。


次回は、豆田町の店先画像の予定。


LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.


ストックが少ないので、小出しにするのだ。(^_^;
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by ascesis | 2010-01-29 19:58 | ☆ 大分県

日田逍遙

豆田町の軒先に、「垂れ下がっていた」もの。
売り物、装飾、実用。



LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.


シャープさが足りませんねぇ。
本体にもレンズにも手ぶれ補正機能がない、しかも、親指でリリースする変則ホールディングのためでしょう。

縦画像が好きなので、本体シャッターボタン側を右手に握りこみ、本体を掌に立てるようにして持ちます。
シャッターボタンに右親指を置きます。
横撮影のときはそのまま右手首を(およそ)90度回転させるだけです。
(操作すべきボタンもダイヤルもそこにはないので)右手人差し指~小指の4本は遊んでいます。
もちろん左手も添えません。
フォーカスはAFにまかせます。AE はプログラム、補正 -1 で固定。
ホワイトバランスも機械まかせ、 ISO も 1600 までのオートです。
液晶画面はどうせ老眼で見えませんからオフです。何がどんな風に写るかは運次第。
水平・垂直が保持されることはありえません。画素数が多いので、現像時に適当に回転・クロップします。
「撮影している」とはいえない、きわめて(ク)レイジーな撮り方です。

K-7、Pentax レンズが保存庫で冬眠状態です。
「使ってやろう」とは思うのですが、軽量に慣れると、重いのはイヤになりますねぇ。
街撮りで大きな一眼は、圧迫感もありますし。
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by ascesis | 2010-01-28 20:19 | ☆ 大分県

豆田町

天領(徳川幕府の直轄)日田・豆田町

日田観光協会の「日田町歩きマップ」によると、
『近世後期の町人・商人町の面影を色濃く残す貴重な地区』
とあるが、どうみても・せいぜい明治時代以降のものと思えたぞ。

そのエリアは 500m X 1000m ほどであり、ゆっくり歩いても数十分で一巡できる。
湯布院ほどには「俗化・商業観光化」されていない。
しかし、めぼしいところは有料施設である。(私のような)貧乏旅行者にはつらい。



LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.

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by ascesis | 2010-01-27 21:37 | ☆ 大分県

秋風庵

大分県日田市逍遙

咸宜園・秋風庵



LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.


天井が低いことに驚く。
有名な私塾の割には、小さい建物であり、室内もそう広くない。
無料で開放されているだけあって、よけいな照明も装飾も付加されていない。
これはこれで潔くて良い。
私が訪問中、他の客と出会うこともなかった。
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by ascesis | 2010-01-26 20:16 | ☆ 大分県

咸宜園

大分県・日田逍遙

幕末の儒者「廣瀬淡窓」が開いた私塾 : 咸宜園(かんぎえん)



淡窓の子弟は約4800人。日本中から学徒が集まった。
高野長英、大村益次郎が有名だが、
園内の『咸宜園の出にして世に名をなせし人々』一覧では、8番目に(日本写真の開祖)上野彦馬の名がある。

最近は「青葉」、「光が丘」、「夢が丘」、「**東」、「**第一」など無機的・幼稚な小学校の名が多い。
これでは卒業後、母校に愛着も沸くまい。
それに比べ、「咸宜小学校」とは立派な名だ、もちろん、(現在、国内に22,476校ある中で)同名の小学校は他に一校もない。
郷里の俊英の意志を継ぐ長い歴史を感じ、卒業生も鼻が高いことだろう。


などと、一人感じいっていたが、ネットで調べると 1979年に改名されたものらしい。
それでも、誇り高き良い名称である。
在学生・卒業生に「うらやましさ」さえ感じる。

しかし、そのあとがいけない。
「卒業生は基本的に東部中学校、北部中学校、三隈中学校へ分かれて進学する。」という。
中学校にも格調高い名称を与えて欲しかったなぁ。

咸宜園の前身は「桂林荘」、園内の棟は「考槃楼」「秋風庵」「心遠処」「遠思楼」と呼ばれていた。
そうであれば、中学校も「考槃(こうはん)中学校」「心遠(しんえん)中学校」「遠思(えんし)中学校」
とでも命名しておけば、再び日本を引っ張るような学者が誕生したことであろうに。

LUMIX DMC-GF1, G 20mm/F1.7 ASPH.

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by ascesis | 2010-01-25 21:24 | ☆ 大分県

石仏

大分市美術館から裏道を通り、久大本線方向に丘を降りる。
JR 古国府(ふるごう)駅から、大分川にかけて、いくつかの石仏遺跡がある。


「岩屋寺石仏」。1200年以上昔のものと言う。
かなり崩壊が進んでいる。夜は不気味だろうな。


地図とかライフログとかエモーティコンとか、excite も変わってきたなぁ。
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by ascesis | 2009-11-25 23:43 | ☆ 大分県