異解釈

春眠・・・




「孟浩然:もうこうねん」689~740

松下緑訳
眠たい朝の 夢心地
チュンチュン 雀も啼いている
昨夜一晩 雨風 荒れた
花もよっぽど散ったろう

井伏鱒二訳
春の寝覚めの 現(うつつ)で聞けば
鳥の啼く音で 目が覚めました
夜の嵐に 風混じり
散った木の花 いかほどばかり

土岐善麿訳
春あけぼののうす眠り
枕にかよふ鳥のこえ
風まじりなる夜べの雨
花散りけんか庭もせに


●寝坊の言い訳
春になると「眠い」と言う人が増え、そのたびにこの漢詩が引用される。

高校では、次のように教えられた(と思う)。

春の眠りは心地よいので、ついつい夜の明けるのもわからぬまま寝過ごしてしまった。』

本当だろうか?
夜明け前に起床するつもりなら、12月頃に比べ、2時間も早起きする必要がある。いつも通りの起床時間なら、夜明けを見ないのは当たり前だ。そんなことを詩にするだろうか?

私は次のように解釈したい。

春は夜明けが早いので、いつも通りに目を覚ましても(すでに陽は高く)日の出を見ることができない。ああ、春が来たんだなぁ。』

7世紀に正確な目覚まし時計はなかっただろうが、当時でも何らかの方法で起床時刻はほぼ一定だったと思われる。

さらに、TBS の気象予報士「森田正光」は、

満開の花を思い、鳥が来て・雨風で花が落ちるのではないかと気が気でなく、安眠できなかった。だから、目覚めが遅かった。』

と解釈していた。

これも悪くない解釈だ。
ただし、7世紀の中国で、「眠れないほど気になる、春の花」は何だったのだろう。
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by ascesis | 2006-04-21 23:31 | ★ 分類不能
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